東京地方裁判所 昭和55年(ワ)11780号 判決 1981年4月16日
参加人 西圭一
右訴訟代理人弁護士 佐山厚三
脱退原告 南敏子
被告 石橋興業株式会社
右代表者代表取締役 石橋進
右訴訟代理人弁護士 久枝壮一
右訴訟復代理人弁護士 宮下明弘
同 宮下啓子
主文
一 被告は参加人に対し、金一億四四二六万八六八五円及びこれに対する昭和四八年六月二八日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
二 参加人のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 この判決は第一、三項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は参加人に対して金一億五五〇九万一二八八円及びこれに対する昭和四八年六月二八日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 参加人の請求を棄却する。
2 訴訟費用は参加人の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告は不動産の管理、賃貸、売買、仲介等を業とする会社である。
2 脱退原告(以下「原告」という)は昭和四五年七月一四日、被告から二五〇〇万円を借り受け、東京都港区六本木七丁目二一二番三三宅地二五三・五五平方メートル(以下「本件土地」という)を、右債務を担保するため、譲渡担保として、同日、被告に所有権を譲渡した。
3 被告は、昭和四八年六月二一日本件土地を訴外株式会社アイビス(以下「訴外アイビス」という)に対し、代金一億八六一六万八〇〇〇円で売渡し、同月二七日までに右代金全額を受領した。よって被告には原告に対し、担保物件の処分による清算金支払債務がある。
4 参加人は、昭和五五年六月二三日、原告から前項記載の債権を譲り受け、原告は被告に対し、昭和五五年一〇月三〇日到達の書面により右譲渡の通知をした。
5 よって、参加人は被告に対し、右譲受清算金請求権にもとづき、本件土地売却金一億八六一六万八〇〇〇円から、原告の借入金二五〇〇万円、諸費用及び利息二〇〇万円及び借入元金に対する昭和四五年一〇月一二日以降昭和四八年六月二七日までの年六分の割合による遅延損害金四〇七万六七一二円を控除した残額一億五五〇九万一二八八円及びこれに対する、被告が右売却代金を最後に受領した日の翌日である昭和四八年六月二八日以降その支払がすむまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実は否認する。原告主張の日に被告が原告から本件土地の所有権の譲渡を受けた事実はあるが、右は代金二五〇〇万円、買戻期間九〇日、買戻代金二七〇〇万円と定めて買受けたもので、金銭消費貸借契約をしたものでも、その担保として譲り受けたものでもない。
3 同3の事実は認め、清算金支払債務がある旨の主張は争う。
4 同4の事実中、被告に債権譲渡の通知が到達した事実は認め、その余の事実は不知。
5 同5の主張は争う。
三 抗弁
1 被告が原告から債権担保のために本件土地の所有権を譲り受けたものだとしても、
(一) その際、被告と原告の代理人訴外木下立嶽との間で、原告が約定の買戻期間内に買戻をしないときは、本件土地を代金二五〇〇万円と評価して確定的に被告の所有とし、一切の清算義務を残さない旨の合意をした。したがって被告には原告に対し、参加人主張のような清算義務は生じない。
(二) そうでないとしても、原告は昭和四七年六月三〇日、原告の代理人であった訴外木下立嶽の請求により、被告が原告より不動産取得税払込金として預託されていた三一万八七六八円を返還し、その際原告と被告との間には何らの債権債務もないことを合意した。その結果原告は被告に対し、清算金請求権を放棄した。
2 被告に清算義務があるとしても、その清算は次のとおりなされるべきである。
(一) 本件土地は買戻特約つきで被告に所有権が移転されたものであるから、それが担保目的でなされたものであるとすれば、買戻期間の満了した時点において本件土地の所有権は確定的に被告に帰属し、同時点において清算されるべき、いわゆる帰属清算型と解すべきである。
したがって、買戻期間満了時である昭和四五年一〇月一一日現在の本件土地価格三四九一万三〇〇〇円によって清算されるべきで、その後三年近く経過した処分時の価格によるべきではない。
(二) 右主張が容れられないとしても、被告は原告に対し、昭和四六年一月中に本件土地につき担保権の実行により被告の所有とする旨の通知をした。
したがって、右により本件土地の所有権は確定的に被告の所有に帰したものであり、同時点における価格(右(一)の価格ととくに変らないものとみられる)により清算がなされるべきである。
(三) 前記買戻の特約において、買戻価額は二七〇〇万円と定められたところ、代金額二五〇〇万円との差額は買戻期間九〇日間の利息とみるべきであり、遅延損害金についても同割合による旨の合意があったものとみるべきである。
したがって、買戻期間満了時に清算すべき旨の被告の主張が容れられないとすれば、同期間満了の日の翌日以降二五〇〇万円の元本金に年三割の割合(利息制限法の制限内)による遅延損害金を付して清算されるべきである。
(四) 被告は本件土地を訴外アイビスに処分した結果次の支出をしたので、清算にあたってはこれらの費用を控除すべきである。
(1) 売却手数料 四八〇万円
(2) 法人税 五六五一万八九〇〇円
(3) 事業税 一八四〇万五九六〇円
(4) 都民税 八三〇万八一〇〇円
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の(一)、(二)の事実は否認する。
2 同2の(一)の主張は争う。同(二)の通知がなされた事実は不知。その余の主張は争う。
3 同2の(三)の約定があったことは認めるが、買戻代金と売買代金の差額を利息と解すべきこと、遅延損害金についても同割合の約定があったと解すべきことの各主張は争う。
利息、遅延損害金については何ら特段の約定はなかったものであり、したがって、商事法定利率年六分の割合によるべきである。
4 同4の主張は争う。本件土地の処分は原告が担保に供した物件を被告が原告のために処分したものである。したがって、納付すべき公租、公課は、原告を売主として賦課されたものを原告が納付すべきものであって、被告を売主として賦課されるべきものではない。よって、主張の公租、公課を控除するのは相当でない。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1、3の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、請求原因2の事実につき判断する。
《証拠省略》を総合すれば、以下の事実が認められる。
原告は、夫の遺産である本件土地を利用して半地下五階建ビルを建築し、その一部を賃貸して生活費を得ようと計画した。そこで、その建築資金を得るため、被告から金員を借り入れ、これを銀行に預金することによって銀行に対する実績をつくったうえで建築資金の融資を得ようと考え、昭和四四年四月ころから数回にわたり、被告から金員を借り入れたが同年八月一二日、一旦これらの債務を弁済して同日新たに二〇〇〇万円を借り受け、その弁済の担保のために、本件土地につき、同年一〇月一一日かぎり原告が被告に二一四〇万円を提供して買戻すことができる旨の特約付売買契約を締結し、本件土地が原告から被告に引渡され、翌八月一三日右売買を原因とする所有権移転登記がなされた。
右借入金は返済期間たる買戻期間を三回延長したのち、昭和四五年四月一五日にいったん清算され原告から被告への前記所有権移転登記は同月一六日錯誤を理由に抹消された。
その後、三か月位あれば銀行から五〇〇〇万円程度の融資を受けられる見込みができたため、昭和四五年七月一四日、ふたたび原告と被告との間で、本件土地につき代金二五〇〇万円、九〇日間にかぎり二七〇〇万円を提供することにより原告は本件土地を買戻すことができる旨の「不動産売買及び買戻契約書」が作成され(以下本件契約という)、翌七月一五日、右売買を原因とする所有権移転登記がなされた。
本件契約当時、本件土地の時価は三四九一万円以上であり、本件契約にあたって原告は訴外石橋ヒデから本件土地を売却するよう勧められたが、亡夫の遺産であり簡単に手離すことはできないとしてこれを断った。
この間、本件土地上にあった家屋は昭和四四年八月ころビル建築計画実施のため取りこわされその後ビル建築のため、設計、見積り等がなされ、都の建築許可も得られるに至ったが、原告から、被告からの借り入れや銀行からの融資手続を任せられていた訴外木下立嶽から何ら連絡のないまま時を経過し、そのうち原告は本件土地が被告により訴外アイビスに売却されたことを知った。
以上のとおり認められ(る。)《証拠判断省略》
以上認定の事実、すなわち、原告が本件契約をなすに至った動機、本件土地の本件契約当時の時価と本件契約によって交付を受けた金員の額との間に相当額の差があること、本件契約以前においても本件土地を担保として被告から金員を借り受けていることの各事実を総合すると本件契約において、外形上は買戻特約付の売買契約とされているに拘らず、その実体は、前年の契約と同様、売買代金二五〇〇万円と買戻代金二七〇〇万円の差額二〇〇万円を元金二五〇〇万円に対する九〇日間の利息とする約定の消費貸借契約を内包する譲渡担保契約であると解するのが相当である。
三 右のとおり本件契約は譲渡担保契約と認められるところ、被告がその目的物たる本件土地を訴外アイビスに一億八六一六万八〇〇〇円で売却し、昭和四八年六月二七日までに右金額を受領した事実は当事者間に争いがない。よって被告は、原告に対する貸金を回収した残余につき、これを保有すべき何らの理由も存しないからこれにつき清算の必要が生じたものというべきである。
四 さらに、《証拠省略》によれば、右被告に対する清算金請求権が昭和五五年六月二三日に原告から参加人に譲渡されたものと認められ、同年一〇月三〇日、被告に対し原告からの右譲渡の通知が到達した事実は当事者間に争いがない。
よって、請求原因事実はすべてこれを認めることができる。
五 抗弁について。
1 抗弁1(一)の事実すなわち、清算義務を一切残さない趣旨の合意が成立したと主張する点につき判断する。
《証拠省略》により本件契約を証する書面として作成されたものと認められる甲第八号証には、特約条項として買戻期間経過後は、買戻契約が当然解除となり、原告の買戻権は消滅する旨の記載が認められる。しかし右記載は、特約に基く買戻権が消滅することを定めたに過ぎず、これにより当然に清算金の支払義務をも残さない趣旨の合意と理解することはできないし、被告代表者尋問の結果によっても、この点についての明確な供述がなくこれを認めることはできない。他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
よって抗弁1(一)は理由がない。
2 抗弁1(二)の事実につき判断する。
《証拠省略》によれば、昭和四七年六月三〇日に、被告は原告に対し、昭和四四年の本件土地所有権移転登記が錯誤で抹消された結果免除された不動産取得税分の原告からの預り金を訴外木下立嶽を通じて返還し、その際不動産取得税の免除は昭和四四年の譲渡担保契約に関するもののみで、本件契約についての不動産取得税は被告が納付済である旨の確認がなされた事実が認められる。しかし、それ以上に本件土地の担保権を実行した結果生ずべき清算金請求権を放棄する旨の合意をしたものと認めるに足りる証拠はない。また、右合意の際、清算の結果生ずべき過不足額、すなわち本件土地の適正な価格、原告の返済すべき債務の額等について何ら確認したものと認めるに足りる証拠は見当らず、右合意の趣旨に照らしても、これをもって原告において清算金請求権を放棄し一切の清算を終了させる趣旨の合意と解することはできない。
よって抗弁1(二)も理由がない。
3 抗弁2(一)につき判断する。
被告は、本件契約は帰属清算型譲渡担保契約であり、買戻期間満了時に確定的に所有権が被告に移転するから、当該時点を清算評価の基準時とすべき旨主張するところ本件契約において、担保の目的物件である本件土地を処分したうえで清算すべきことを特に定めたものと認めるに足りる証拠はなく、また、処分したうえで清算する趣旨と認めるに足りる特段の事情も見当らないから、被告の主張するように、本件契約はいわゆる帰属清算の方法によるべきものと解せられる。
しかしながら、帰属清算の方法により清算すべきであるといっても、それは、担保権実行の方法において担保権実行の条件が整った時点において、債権者が目的不動産を処分する権能を取得し、これに基いて当該不動産を債権者の所有に帰属させたうえで正当に評価された物件の価格に基づいて清算させるのを原則とし、また清算すべき時期について、必ずしも現実の処分をまたず、担保提供者においてその履行を請求しうるというに止まり、清算に当って物件の評価をなすべき基準時は現実に担保権が実行されたとみられるべき時点すなわち、清算がなされる以前に現実に処分された場合はその時、そうでない場合は現実に清算がなされた時点と解すべきである。
ところで本件においては、現実の清算がなされないまま債権者である被告によって目的物たる本件土地の処分がなされているのであるから、右処分時の適正な価格によって清算されるべきでありその処分価格が時価を大巾に下回るなど適正を欠くものであると認めるに足りる事情は何ら認められないから右処分価格をもって清算のための基準価格とみなすのが相当である。
よって抗弁2(一)の主張は採用しない。
4 抗弁2(二)の事実はこれを認めるに足りる証拠がなく、また仮に被告主張の通知がなされたものとしても、清算のための基準時については右3のとおり解すべきであるから、被告の抗弁2(二)における主張は失当である。
5 抗弁2(三)につき判断する。
前記(第二項)認定のとおり、本件契約の売買代金二五〇〇万円と買戻代金二七〇〇万円との差額は、二五〇〇万円に対する九〇日間の利息とみるべきであるところ被告は、遅延損害金についても右利息と同率とする旨の合意があったとみるべき旨主張するが利息について約定があったからといって、当然に遅延損害金について同じ率の合意が成立したものと推認することはできないし、他に損害金について何らかの合意があったと認めるに足りる証拠はない。
したがって、期限後の遅延損害金は約定利息と同率とみるべきであるが、元本二五〇〇万円に対する九〇日間の利息としての二〇〇万円は、利息制限法所定の年一割五分の利率を超過していることは明らかであるから、遅延損害金についても右制限内の約定利息すなわち、年一割五分の割合によるとするのが相当である。
そこで昭和四五年一〇月一二日から清算がなされるべき日、すなわち被告が本件土地を訴外アイビスに売渡した同四八年六月二一日までの二五〇〇万円に対する年一割五分の割合による遅延損害金を求めると一〇〇九万九三一五円である。
よって、被告の抗弁2(三)は右金額の限度で理由がある。
6 抗弁2(四)につき判断する。
《証拠省略》によれば、被告は本件土地の処分につき仲介業者を依頼しており、本件土地売却手数料として四八〇万円は相当な額であることが認められる。右手数料は本件土地を処分するにつき必要な経費というべきであるから抗弁2(四)のうち(1)の主張は理由がある。
しかし右のほかの(2)ないし(4)の事項、すなわち本件土地の処分にともなう公租、公課については、本来、原告の負担すべき公租、公課は、原告が処分したことに伴い原告に賦課される額によるべきものであって、被告が被告所有の物件を処分したものとして賦課された公租、公課を原告に負担させるべき理由はない(その結果被告が納付した公租、公課がその理由を欠くことになれば被告と課税当局との間で還付請求等の手続により処理されるべきことになる)から、これを原告に求償することはできないものというべきであり、その主張は理由がない。
以上のとおりであるから抗弁2(四)は四八〇万円の限度で認められる。
六 以上の事実によれば、原告が取得した清算金は、本件土地の売却代金一億八六一六万八〇〇〇円から、借入金二五〇〇万円、これに対する諸費用及び利息二〇〇万円、買戻期限の翌日である昭和四五年一一月一二日から本件土地が処分された同四八年六月二一日まで年一割五分の割合による遅延損害金一〇〇九万九三一五円及び本件土地の売却手数料四八〇万円を控除した残額一億四四二六万八六八五円であるということができる。
よって、参加人の本訴請求は右清算金及びこれに対する昭和四八年六月二八日から完済まで年六分の割合による遅延損害金を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書、仮執行宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 川上正俊 裁判官 持本健司 石井忠雄)